台風襲来?

台風18号台風が、いつの間にか進路をこちらに向け、広島に近づこうとしています天気

天気予報どおりだと、日曜日にかなり近くを台風の中心が通りそうです台風

 

台風で個人的に印象深いのが、平成16年9月上旬のときのもの。

夕方、広島市中区の職場から南区の自宅に、自家用車車で帰ったのですが、

交通量が多い中、停電のために信号信号が消えていて、とても怖い思い怖いをしました。

ついている信号機信号もあったのですが、

暴風のために向きが変わっているものがあり、

「これどう見りゃいいん?」という恐ろしさがありました。

みんなノロノロ運転なのですが、

大きな交差点では、誰か運転変わってよと言いたい気持ちでした。

 

神経をすり減らして自宅マンションに着くと、

今度は停電ゆえに立体駐車場が動かないので、車を入れられず、

仕方ないので、近所の空き地へ。

同じような境遇の方が、すでに複数おられて、

事情と連絡先電話番号電話を書いた紙を外から分かるように車にはせていたので、

私も同じようにして駐車させてもらいました。

 

再びやれやれと思ってマンションのエレベーターの前に立つと、

当然のことながら、エレベーターも動かず。

散々じゃバンザイと思いながら、えっちらほっちら階段を上がりました。

私は5階だから頑張れたけど、もっと上の階の人は大変だったことでしょう。

いつもとは異なる疲労を感じながらやっと帰宅。

 

蛍光灯も点灯しないので、妻がろうそくろうそくを何本かつけていました。

「さあご飯だご飯」と、夕ご飯を思い切り食べようと思ったところ、

おかずが小骨の多い焼き魚魚

ろうそくの光では、小骨を分けるのが大変で、

「何でよりによってこんな日に魚なん?」と、妻にブーブーぶた言ってしまいました。

(停電になる前に下ごしらえしていたとのことでした)

あの日は、お風呂風呂も沸かせず、入れなかった・・・・

 

ところが、なぜかここでその後の記憶がぷっつり無くなっているのですぽかん

早々に寝たのかな寝る

空き地に停めさせてもらった車を取りに行った時のこととか、思い出せません。

何にしても、停電があったら何もできないという状態になりますね。

寸暇を惜しむ受験生の方は、

ろうそくの灯りろうそくの下で勉強したりもありでしょうか。

 

さて、今回の台風18号。

大きな被害が出ることがありませんように祈り

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

カテゴリ:- | 19:59 | - | - | -
わが家の猫のこと

平成25年7月下旬、広島市南区の比治山公園公園で、

片目がいびつになっていたノラの子猫猫(後に「ふーたん」と命名)と出会ってから、

4年以上が経過しました。

初めて出会った日、

私がしゃがむと、トコトコ寄ってきて私の膝に乗ろうとし、

私がその場を離れようとすると、後をついてこようとしました足跡

私が「ダメっ、何もしてあげれんけぇ」とピシャリと言うと、

それ以上はついて来ませんでした猫

ほどなく後ろから、小さい男の子たち男の子

「こいつ目が変になっとらぁ」と言っている声が聞こえてきましたが、

やはりその場を立ち去りました歩く

 

後日、今度はその片目から、涙のように血を流している血ところを発見、

いたたまれなくなり、その子を連れて妻と動物病院病院へ。

悪い方の目は摘出しないと、

ばい菌悪魔が全身に回ってじきに死んでしまうとのことで、

摘出手術を受けさせました。

これで安心かと思っていたら、

数日後、今度はその傷口から、

オレンジ色の汁が出て化膿が始まり、予定を繰り上げて抜糸。

傷口の洗浄・消毒のために、

暑い8月を、お盆も含めて頻繁に病院に通うかたわら、

家では妻と共同作業で薬薬を飲ませていたところまで、

これまでの記事で書きました。

 

平成25年8月下旬になると様子もだいぶ落ち着き、

それまで全く聞くことのなかった鳴き声も、

やっと聞こえるようになりました猫

さて、いつまでうちで面倒を見るか、

当時は文鳥鳥もいたりして、猫まで面倒を見るのは厳しい状態でした。

それで、動物病院の先生に、元いた南区の比治山公園に戻したいと相談しました。

すると、先生から、

「街中のノラ猫の寿命なんて、誤食、誤飲、事故などで2〜3年のものですよ。

文鳥がいるならケージ飼いでもいいじゃないですか。

朝晩1回ずつでいいから、ケージから出して運動させてやればよろしい。

田中さんご夫婦にとっても、この『ふーたん』にとっても、これは運命だったんです。

ふーたん』にとって、田中さんの家で暮らす以上の幸せ猫はないですよ」

熱く語られてしまいました。

そして、現在にまで至ってしまいました。

 

目と目が合うと可愛い声を出したり猫

身体をこすりつけてきたり、

暑い時は、ケージの中で、お腹を上に向けバンザイ\(^o^)/した状態で寝ていたり。

こういう姿を見ると、最後までわが家で責任持って面倒を見なければと思う反面、

先日8月19日付け記事で書いたように、

いくら文鳥が永眠した鳥からといって、

マンションの部屋も広いわけではなく、

他の諸事情を踏まえても、飼い続けるのに大変な現実は、やはり残っているのです。

 

飼うのが本当に厳しくなった時のために、

一時預かり又は引き取ってもらうお宅も、

とりあえず一軒は見つけました(以前の生徒さん宅)。

今は、一緒に過ごせる時間を大切に思いながら愛日々を暮らしているところです。

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

カテゴリ:わが家の家族(生き物) | 16:13 | - | - | -
夏休みの思い出〜臨海学校とお化け屋敷〜

9月に入り、昼間はまだまだ暑いですが暑い

朝のひんやりした空気に、

季節が変わりつつあることを感じるようになりました赤とんぼ

児童・生徒の皆さんにおかれては、夏休み麦わら帽子、楽しい思い出はできましたか。

7月下旬に、私の夏休みの思い出の記事を2つほど載せましたが、

もう一つ、印象に残っていることをアップしたいと思います。

 

それは、昭和60年前後、東京新幹線で過ごした大学生時代のこと。

私はサークル活動で、小学生の生徒さんを相手に、普段は、

日曜日にちょっとした勉強鉛筆や図画工作をしたり、ゲームサッカーをしたり、

遠足弁当に行ったりということをしていました。

そして、年間を通じての最大の行事が、

夏休みの2泊3日の「臨海学校」学校でした。

 

千葉県の内房の海水浴場の民宿を借り切り、広場で遊んだり、

海で泳いだり、キャンプファイヤーキャンプをしたり、花火をしたりしました。

大学3年のとき、私はお化け屋敷お化け担当のリーダーになりました。

借り切った民宿の和室の広間を会場にしてするのですが、

臨海学校の校長役の部長から、

「お化け役の学生のメイクも、ちょっとした小道具もショボイとは思わないのに、

ここ数年シラケて、子どもたちからバカにされているので、

何か工夫して、マジで怖くして欲しい」と頼まれました。

 

過去の記録を見ながら、

「何か工夫して〜」と言われても困るがなぁの気持ちでしたが、

BGM?としてお経を流すのはどうだろうと思いました。

ミーティングの時に言うと、「いいかも」ということで、

デパートの「レコード」レコード売り場に行って、

何のお経だったかは忘れましたが、お経の「カセットテープ」カセットテープを部費で買いました。

(「レコード」「カセットテープ」、昭和言葉の連続ですね、下に「ラジカセ」も出てきます汗

「視覚以外からの刺激」という視点から、お線香線香も買いました。

 

臨海学校当日、迎えたお化け屋敷の時間。

素顔のままでイケるんじゃないかと言われていたお化け役の学生もいました怖いが、

お化け役の学生たちのメイクも終わり、小道具の準備も終わり、

お線香の匂い線香も漂うようになったところで、

BGM?のお経を流す「ラジカセ」のスイッチオン指で、お化け屋敷スタート。

幸か不幸か、このBGM?の効果は相当なものでした。

女の子の中には、泣き出してしまう子泣くが続出しました。

もっとも、お化け屋敷の後は花火花火をすることになっていて、

泣いていた子も、手持ち花火の明かりからは笑顔笑顔が照らし出されていたようですが、

それでも、私は胸が痛みました。

 

その日のスケジュールが終わり、子どもたちを寝かせつけたら、

学生たちは交替で、民宿から海辺に出て時間を過ごすのですが、

星空星空を眺めながら私が「女の子を泣かせて胸が痛むんじゃけど」と広島弁でしょげながら言うと、

「あれくらいで丁度ええんよオーケー」と東京育ちの仲間が広島弁で答えてくれたり、

女子学生の仲間も「全て楽しい思い出として残るから大丈夫よオーケー」などと言って、

なぐさめたりしてくれました。

 

私が20歳前後頃に小学1年生〜6年生だった人たちは、今は40歳代、

ちょうど、今の家庭教師の生徒さんの保護者さんの年代。

当時一緒に臨海学校に行ったりした小学生の人たちは、

今はどんなお父さん、お母さんになっているだろうと、なつかしく思うことがあります。

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリ:- | 19:08 | - | - | -
夏の全国高校野球選手権大会〜広島広陵高校の大活躍〜

夏の全国高校野球選手権大会野球において、

地元広島市安佐南区所在の広陵高校が、準優勝を果たしましたトロフィー

 

特に4番の中村奨成捕手(廿日市市の大野東中学校卒)は、

28打数19安打17打点、打率6割7分9厘、6ホームラン野球の大活躍。

1大会でホームラン6本17打点43塁打は、いずれも大会新記録

1大会で19安打2塁打6本は、大会タイ記録とのこと。

今年で99回もの回数を数えた夏の甲子園大会において、

こんなに過去の記録に並んだり、追い越したりは、

なかなかできることではありませんね拍手

 

広陵高校は、春のセンバツ大会では3度の優勝3度の準優勝を誇る古豪です。

ところが、夏は今回が4度目の決勝戦進出ながら、

過去はいずれも優勝を逃しているので、

この夏こそ初優勝をと私も応援していたのですが、

健闘及ばず、またも準優勝に終わってしまいました。

とはいえ、甲子園に出場するだけでも大変なところ、

夏の大会で4度の準優勝

春夏合わせて10度の決勝戦進出というのは半端な回数ではないですね。

 

ちなみに、夏の選手権大会において、広島で最も多く全国優勝している高校は、

広島市中区所在の県立広島商業高校6度(これは、公立高校としては全国1位)。

ところが、春のセンバツ大会の優勝となると、回数は1度。

春と夏で相性?、ジンクス?のようなものでもあるのでしょうか。

 

高校野球が終わると、野球好きな私は、

プロ野球広島カープの優勝がいつ決まるかに注目が移ります。

マジックナンバーが、ついたり消えたりしていますね。

昨日現在打点王争いトップ、4番の鈴木誠也選手が怪我で離脱し、

投手陣(特にリリーフ陣)に疲労の色が隠せないところ、

今一度気を引きしめて踏ん張ってもらいましょう。

 

そして、気を引きしめると言えば、学校の夏休みが終わります。

児童・生徒の皆さんにおいては、充実した夏休みが過ごせましたか。

厳しい残暑の日が続くのにはうんざりですが、

学校再開ということで、あらためて気を引き締めて頑張られますように。

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

 

 

 

カテゴリ:ニュースから | 16:48 | - | - | -
思い出をありがとう

今年の1月10日付け記事「今年の主役」(酉年)、

5月27日付け記事「9年経過のありがとう」で紹介した、

わが家の愛鳥、文鳥の「ぶんちゃん」鳥が、8月8日に永眠しました虹

推定9歳5か月は、人間でいうと90歳代半ばでしょうか。

 

5月27日の記事のとき、

様子を見ていて年齢的な衰えを感じることがあると書きましたが、

暑くなるとともに、寝ている時間がどんどん長くなりました寝る

とても神経質になり、カーテンの揺れや、ちょっとした物音などに反応し、

鳥カゴの中でバタバタすることが増えました。

水浴びが大好きで、真冬でも欠かしたことがなかったのが、ほとんどしなくなりました。

そして、8月8日の朝、水飲み容器の後ろの止まり木の上で、

眠るように亡くなっていました。

 

わが家に迎えたのは平成20年5月、私はまだ前の職場に勤めていました。

以後、私の人生が大きく変わる間も、ずっと傍で見守ってくれていました。

鳥カゴの中に手を入れると、

嫌がることなくいつもチョンと指指に乗ってきてくれました。

鳥カゴの外では、部屋の中をひとしきり飛ぶことはあっても、

私の腕や肩の上に戻ってきました鳥

妻が料理をしていると料理、妻の肩にとまり、妻の手元を見るのが好きでした小鳥

妻に対してはありませんでしたが、

私の指の上では、さえずりながらダンス(求愛ダンス)ハートをすることがよくありました。

それでてっきりオスだろうと思って背中を撫でていたらひん死状態になり、

動物病院へ連れて行ったところ、

卵(無精卵)をうまく作れず、卵詰まりになっていますと言われ、

「えっ、女の子だったんですか!」とビックリするビックリと同時に、

「ぶんちゃん」にすまなかったと頭を下げたごめんこともありました。

 

亡骸は、広島市南区の私の実家の玄関脇の植木のそば草に埋めました。

土をかぶせるときは、私も妻も大粒の涙涙が止まりませんでした。

今は、鳥カゴの中に「ぶんちゃん」の写真を入れ鳥

エサこそ入れませんが、容器の水を朝夕交換し、

晩になったら夜鳥カゴに薄いタオルケットをかけて「おやすみ」を言い、

朝になったら朝それを取って「おはよう」を言うという、

生前と変わらぬことをしています。

そして、わが家で約9年2か月にわたり、

沢山の思い出をくれた「ぶんちゃん」鳥に恥ずかしくないよう、

しっかり生きていかねばとの思いを、あらためて固めているところです。

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

追記:記事を書いていたら、夏の全国高校野球選手権大会において、広島広陵高校3回戦突破の報が入

   りましたポイント

   プロ野球広島東洋カープのマジックナンバー減少、広陵高校の強豪校を撃破しながらの快進撃、

   テンションが上がりますね力こぶ

カテゴリ:わが家の家族(生き物) | 17:58 | - | - | -
ゲリラ豪雨体験談

広島市南区の広島港で花火大会花火があった7月22日(土)の晩、

仕事帰りにゲリラ豪雨に遭いました。

 

私は、この時、自転車自転車に乗っていました。

ポツポツ降って来たかと思うやいなや、次の瞬間にはドッシャー、

一瞬にして、為す術もなくずぶ濡れ状態になりました。

バケツの水をひっくり返したようバケツとはまさにこのことなのですが、

バケツの水ならひっくり返した瞬間で終わりのところ、

延々と続くのにはまいりましたバンザイ

元々傘傘は持っていなかったのですが、

持っていたとしても、どうしようもなかったと思います。

 

家まで20分弱の距離だし、夏で寒くはないし、

帰ればお風呂お風呂が沸いているからと、ペダルをこぎ続けたのですが、

冗談でしょう笑うというほどの雨の勢い。

まるでプールの中プールで自転車をこいでいるかのように、

雨滴が口や鼻の中に入ってきたりして、

溺れるんじゃないかと思うことすらありました。

哀れ50代男性、自転車自転車をこぎながら溺死

などとニュースニュースになってもシャレにならないので

時々自転車を停めて、息を整えました。

また、ズボンが雨水のために重くなり、

その上ピッタリ足にまとわりつき、

ペダルがとてもこぎにくくもなりました。

古傷があるのが傷んだりもし、

ちょっとした筋トレ?という余裕もなく、

普段より時間がかかり、

家にたどり着いたときにはヘトヘト、

妻が沸かしてくれていたお風呂は、まるで天国でしたお花畑天使

ゲリラ豪雨の凄まじさが、骨身にしみた貴重な体験でした怪獣

 

楽しい夏休み、お盆休みをお過ごしになられますようにポイント

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

 

カテゴリ:- | 13:14 | - | - | -
ある少女の被爆体験

明日8月6日は、広島に人類史上初めての原子爆弾が落とされた日。

もう72年が経過します。

今回は、私が直接耳にした被爆体験談を載せたいと思います。

 

その少女は、当時14歳女の子

爆心地から1700メートル地点の広島駅機関車において、

学徒動員で働いているときに被爆しました。

朝8時15分、整列して朝礼を受けていたときのこと。

原爆のことを、「ピカドン」という表現をすることがありますが、

まさに「ピカっ」と光った稲妻と思うや、「ドーン」と轟音がしたそうです。

 

そのあとは、何がどうなったのかわからない状態。

その少女は、身長145センチと、当時としても小柄だったせいか、

気がついたときは、他の生徒さんの下敷きになっていたそうです。

おかげで、その少女は大した怪我はなかったとのこと。

一方で、その少女の上に覆いかぶさっていた人たちには、

爆風で飛んできたガラス片や木片が突き刺さっていたそうです。

この爆風によるガラス片や木片も凄まじかったらしく、

これで命を落としたり、重症を負った人も沢山いたとのこと。

 

その後、その少女が逃げながら目にしたのは、

原爆の熱線で身体の水分が蒸発し、

皮膚がボロ切れのように垂れ下がった人、

真っ赤に焼けただれた人、黒焦げの人、

水を求めて川に入りそのまま息絶える人・・・

沢山のうめき声が聞こえる中、そんな光景を目にしつつ、

泣きながら泣く、何かあったときの家族の集合場所としていた、

広島市郊外、安芸郡府中町の親戚の家を目指したそうです。

逃げる方角が一緒の人の手を引っ張ってあげようとしたら、

手首がズルっとずれて骨が出たとも言っていました。

 

後日のこととしては、

火傷のあとにウジ(ハエの幼虫)がわく人が沢山いたこと、

髪の毛が抜けていったり、皮膚に斑点が出たり、

嘔吐を繰り返しながら死んでいく人を沢山見たということも聞きました。

 

原爆の恐ろしさ、悲惨さ。

14歳の少女でなくても、耐えられない状況ですね。

そして、昔この話をしてくれた人こそ、私の母母なのでした。

現在86歳(要介護2)、

92歳の父に助けられながら頑張って生きてくれています感謝

 

ちなみに、父の妹は被爆して約一ヶ月後に死去、

お墓参りに行くと、その名前の上に「原爆死」と刻まれています祈り

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

カテゴリ:- | 16:43 | - | - | -
夏休みの思い出 〜勉強を頑張ったと言えるかな編〜

前回記事では、私の夏休みの思い出の中から「レジャー」編泳ぐを書いたので、

今回は、「勉強を頑張ったと言えるかな」編鉛筆を書きたいと思います。

 

私は、中高一貫校だったので、

中学3年生には「中だるみ」寝るというぬるま湯温泉にどっぷりつかっていました。

さすがにこのままではいけないと思った高校1年の夏休み、

とりあえず、英語の単語帳の暗記を頑張ってみようと思いました。

今は、学校単位で単語帳も購入し生徒に配布しているところが多いようですが、

私の時は、そのようなことはなかったので、

本屋さんに行って、当時ポピュラーだった単語帳を買いました。

ところが、英単語の訳の日本語そのものが難しいものが多く、

国語辞典も引きながらの暗記で面倒臭くなり、

最重要単語の名詞を半分くらい覚えたところで挫折しましたバンザイ

これでは話にならないのですが、

とりあえず勉強面で何かにチャレンジしたということは、一つのきっかけになりました。

こういう単語も覚えていかないといけないという意識は残り、

その後、折を見ては取り組み、

高校3年生の夏休み中には、最重要単語だけはほぼ覚えたような気がします。

 

高校2年の夏休みに取り組んだのは、重要例文集の暗記でした。

当時700個の例文を扱ったものと、550個の例文を扱ったものの2種類ありました。

私は沢山覚えようとして、また挫折するようになってはいけないと思い、

550個の方を手がけました。

その本の「本書の特徴と使用法」のページに、

「これ一冊を完全に暗記すれば入試突破に完璧な内容となっている」、

「英文の暗記こそが、英作文のみならず、あらゆる出題に力を発揮する」と書いてあり、

ホンマかいな」と疑いながらも、

やってやろうじゃないか」という気持ちで取り組みました。

これは、夏休み中には覚えきらなかったけれど、挫折することなくコツコツ続け、

(ひたすら紙に書きまくりました鉛筆

高校2年生のうちには、この本の550個の英文を、

和文を見て書けるようになるまで「ほぼ」暗記しました。

「ほぼ」に留まったからか、

以後の学校のテストや模試でトップクラスの成績になったというようなことはありませんでしたが、

それでも間違いなく英語の成績は飛躍的に上がりアップ

「やってみるもんだ」と感激した思い出があります。

 

今は、学校のほうで宿題として沢山の教材を配布しているところが多いようですね。

それらを全て力いっぱい取り組めればそれにこしたことはありませんが、

生徒のみなさんにおかれては、

何か一つでも特別に頑張って取り組んでみるということをされてみてはいかがでしょうか。

今からでも十分で、

きっと「やってみるもんだな」と感じられる時がくると思いますポイント

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

カテゴリ:- | 19:34 | - | - | -
夏休みの思い出 〜心の成長?編〜

暑い暑い空気が街を覆う温度計とともに、

広島県内、ほぼ全ての小中高校が夏休みカブトムシに入りました。

学生の本分は勉強だし、今の私の身分から言っても、

夏休み第一弾の記事は、勉強のことを書くべきかと思うのですが、

今回は、勉強以外のことで世界が広がったかなと思う、

印象に残っている夏休みの思い出を書きたいと思います。

 

それは、昭和52年、中学2年の夏休み麦わら帽子のこと、

仲の良い友だちと4人で、2泊3日で山口県岩国市の通津(つづ)へ行きました。

どこから「通津」が出てくるの〜、なんで「通津」なの〜ですね。

当時、国鉄(今のJR)職員だった父が、通津駅電車に勤めていたのでした。

通津駅は、岩国駅よりさらに3駅程度西にあり、

わが家(実家)の最寄り駅の広島駅からは相当時間がかかるので、

父が使ってもいい官舎がありました。

と言っても、父はほとんど、それこそ国鉄(今のJR)で通勤していたので、

この官舎は空き家同然でした。

そして、父が「ええ(良い)海水浴場があるで水泳」と教えてくれたことがきっかけで、

空き家状態の官舎に私たちだけで寝泊まりさせてもらうこととし、

ここに「2泊3日・勉強と海水浴ツアー」が成立したのでしたバンザイ

独立心旺盛な年頃の男子には、

自分たちだけで寝泊まりできるというのは魅力的ですよね。

(もちろん父は、ちょくちょく顔を出しましたが)。

 

そして、この通津(つづ)の海水浴場と言うのが、初めて目にしたとき、

何であんな遠いところで、あんな小さい子が立って遊びよるん!?目というほど、

ビックリするほど遠浅でした海

それは干潮の時だったのですが、

潮が満ちても胸くらいまでの程よい深さのところが遠くまで続き、

しかも瀬戸内海特有の穏やかな海でした海

 

夕方になると部活動帰りか、連日、制服を着た高校生らしい男子・女子が、

波打ち際で座って、語らいをしている姿が目に映りました青春

海水浴場のスピーカーからは、当時流行っていた、

サーカスというグループの「ミスターサマータイム」や

岩崎宏美の「シンデレラ・ハネムーン」と言った恋の歌がしきりと流れていました音符

 

また友だちと、通津駅で父が働いているところもチラッと見せてもらいました。

とても小さな駅だけど、制服・制帽をまとった父の姿はそれなりにかっこよく、

友だちの手前、少し誇らしかったです。

そして、父の制帽を交代でかぶらせてもらって、

小さな駅舎を背景に、記念写真を撮ったりしましたカメラ

 

この夏休みの「2泊3日・勉強と海水浴ツアー」の勉強の部分は見事に抜け落ち落ちる

ひたすら「海水浴ツアー泳ぐ」に終わりましたがバンザイ

夕方の波打ち際の高校生の男女の姿と海水浴場に流れる恋の歌、

そして父の働いている姿は、

14歳の男子の心の世界を、少しかも知れないけれど大人の方向へ開拓してくれたのでした。

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

 

追記:次回は、勉強を頑張ったという夏休みの思い出を書きたいと思っています。

   記事に出てくる父は、92歳で健在。もう何年も、86歳の母の介護に奮闘してくれています。

   

 

カテゴリ:- | 18:20 | - | - | -
ニュースから

最近よく耳にするニュースの中で、虫好きの私が気になっているのが、

南米原産の強毒アリ「ヒアリ」悪魔のこと。

 

一人っ子の私は、夏の日の小さい頃赤ちゃん、遊び友だちが不在のときは、

お日様の下で、アリアリが食べ物を運んでいる様子を、

じーっと見ているのが好きな子でした虫眼鏡

昆虫図鑑で地中のアリの巣の様子を見て、

自分の目でも巣の様子を見てみたい目と思い

アリの巣の観察キットが欲しいなと思っていたこともありました。

アリの巣の観察キットなんて、今でもあるのかと思ってネットで見ると、

当時よりバージョンアップアップした形であることを知って笑みがこぼれました。

同じような興味を抱く人が、やはりおられるんですねニッコリ

 

昨日現在、この強毒アリ「ヒアリ」悪魔が見つかっているのは、

東京、大阪などの5都府県の港船だけで、

国は、日本で生息することがないように、発見・駆除に力を注いでいるとのこと。

近くで見るアリは毒を持った種類などノーサンキューダメ

童話に出てくるような「勤勉」が代名詞の大人しいアリアリだけでいて欲しいですね。

 

明るい話題の中でアリっとアリ目を引いたのが、

イギリスイギリスで開かれているテニステニスのウインブルドン選手権の話題。

女子ダブルスでベスト4に入った二宮真琴選手は、広島市安佐北区出身とのこと。

同区の鈴張小学校から清和中学校を卒業するまで広島に住み、

西区のテニスクラブで腕を磨かれたそうです。

そしてカープ女子ハートで、今大会にもカープのロゴ入りの髪留めをつけて臨んだとのこと。

私はもっぱら野球野球好きで、テニスはそこまで興味があるわけではないのですが、

広島人として、喜ばしく思いました喜ぶ

さらなる飛躍アップを期待したいですね。

 

さらなる飛躍と言えば、ほどなく夏休み麦わら帽子

児童・生徒の皆さんには、豊富にある時間を有効に使って時間

勉強、部活動や習い事などにおいて、どうか飛躍の夏休みとなりますようにロケット

 

家庭教師の広島県進学アカデミー・講師 田中慎一

カテゴリ:ニュースから | 17:43 | - | - | -
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